|TOP開催主旨運営組織作品募集
 
 
       
     
     
    前衛というと、20世紀初頭のパリで生まれたムーブメントか、日本では60年代に巻き起こったカウンターカルチャーか‥、この言葉には何か錆びついた響きがあります。前衛とは本来「The Front」攻防の最前線を意味する言葉。前衛映画=実験映画と解釈されることがありますが、しかし実験にとどまっては普遍性には行きつかず、時代の潮流となる作品は生まれません。まさに前衛とは、生きるか死ぬかの最前線なのです。  
       
   

 
    東大寺の大仏、興福寺の阿修羅像、雪舟や若冲の絵だってかつては前衛でした。紫式部、世阿弥、夏目漱石、言い出せばきりがない、ダヴィンチ、ゴッホ、ピカソ、モーツァルト、ビートルズ、至高の芸術家で前衛じゃなかった者などいません。前線の後方で、あれこれ論じるところに、創造のひらめきなどあるでしょうか。真の表現者は、試行錯誤の末に最前線に立たざるをえなくなるのです。  
       
   

 
    前衛とは、カテゴリやジャンルといったもの、ましてや何か特定の思想やイデオロギーで括られるものではありません。やむにやまれぬ思い、時代を生きる衝動‥、前衛とは、表現者の創作への姿勢であり、創造のエネルギーそのものといえます。時代や地域を越えて、人々の感性に響く作品は、つねにインスピレーションを与え続ける創造のエネルギーに満ちています。前衛でこそ、時代の潮流となる作品が生み出されると確信します。  
   


奈良前衛映画祭実行委員会 福泉栄治